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2013年3月1日金曜日

三島由紀夫の『愛の処刑』と安部公房


三島由紀夫の『愛の処刑』と安部公房

これは、男色者の小学校体育教師の恋愛とその割腹自殺による死を書いた小説である。

ここにあるのは、男の純情と純潔、無垢な恋愛感情である。

この恋愛は、年上の20代と思われる筋骨隆々たる若者と、小学生の美少年の恋である。

年端もゆかぬ、美少年の命令に服する感情は押さえ難く、それは絶対命令として主人公に働き、主人公は、恋情を覚えて、その対象としていた美少年の凝視する前で、切腹をして、快楽と苦痛の中に血を流すのである。

美少年は、まだ男になる前の、性的に未分化の状態の男子である。このことは、作者、三島由紀夫にとって、深い意味があったのだと思われる。

男と交わる、あるいは男の言葉に忠実に男が服従するということは、男の快楽の極地なのであろう。

それは、女性の言葉に従う男の感情とは、別天地の感情なのであろう。ましてや、男の言葉に従う、女の感情とも全くに異なった世界である。

『二十世紀の文学』で、三島由紀夫と安部公房が対談をしているが、開口一番、三島由紀夫が安部公房に、「性の問題だね、結局、二十世紀の文学は。」といって、性のことを口にするのは、相手の懐に深く踏み入る、三島由紀夫らしい洞察に満ちた導入部である。

何故ならば、安部公房もまた、三島由紀夫と同じく、性の未分化の状態である男と女をというものを理想の人間として念願し、それを主人公にして小説を書いて来た作家であるからだ。

この対談を読むと、安部公房と三島由紀夫は、心が互いに通じ合い、肝胆相照らす仲であるということがわかります。

2013年2月20日の安部ねりさんと加藤弘一さんのトークライブをレポートしてくれたホッタタカシさんの文章「安部公房に缶切りを!ー安部ねり&加藤弘一トークライブ報告」によれば、安部ねりさんの言として、「本当にウマの合った二人だった」とその「幸福な交友関係」に触れているというのも、むべなるかな。

見かけ上は、左翼と右翼のように見られているふたりですが、人間というものはそのような皮相なものではありません。

同じレポートによれば、安部ねりさん曰く、「安部公房の友達は右翼が多かったな」とのことは、わたしには、如何にも安部公房らしいと思われるのです。

追記:

更に詳細に、二人の未分化の性を論じ、アマゾンにてキンドル本として出版しました。

http://goo.gl/qa97S3

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