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2017年6月18日日曜日

もぐら通信第62号、「時知らず」号を、お届けします


「どうか、こんな「時知らず者の徘徊」を御許し下さい。やがてきつと、あの美しい反照が、ディオニュソスを復活させる事でせうから。」(『中埜肇宛書簡第4信』全集第1巻、79ページ下段)

「時知らず」とは北海道では季節外れに獲れる鮭のことを云ひますが、引用符があるので、リルケの詩かニーチェの詩からの引用でせう。二行目を見ると後者だと思はれます。

もぐら通信第62号、「時知らず」号を、お届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 リアリテイの問題――安部公房『人間そっくり』早川日本SFシリーズ――:荒巻義雄…page 10
3 「安部公房の写真」とは何か:岩田英哉…page 16
4 安部公房文学メタSF論~記号と文字のtopology~:岩田英哉…page 29
5 安部公房の札幌文学への批判…page 43
6 荒巻義雄第一詩集『骸骨半島』を読む(3):「ウォール」:岩田英哉…page 46
7 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(7)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 51
8 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 55
9 編集後記…page 57
10 次号予告…page 57


季節の外のあなたの巣穴で、安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉

もぐら通信

2017年6月14日水曜日

安部公房のエッセイを読む会(通称「CAKE」:Club of Abe Kobo’s Essays)(第10回)を開催します

安部公房のエッセイを読む会(通称「CAKE」:Club of Abe Kobo’s Essays)(第10回)を開催しますので、お知らせします。

開催の要領は次の通りです。

ご興味のある方は、もぐら通信社宛、下記のメールアドレスまでご連絡下さい。:s.karma@gmail.com

I 日時と場所
(1)日時:2017年7月2日(日)13:00~17:00
(2)場所:南大沢文化会館 第1会議室
(3)交通アクセス:京王線南大沢駅下車徒歩3分:http://www.hachiojibunka.or.jp/minami/
(4)参加費用:無料
(5)二次会:最寄駅近くの安い、居酒屋という迷路を酩酊しながらさ迷います。割り勘です。いつも時間は2時間ほどです。

II 課題エッセイ
(1)『物質の不倫についてー『死霊』論』:全集第2巻80ページから:前回の続きです。80ページ上段左二行から
(2)『ドストエフスキー再認識について』:全集第2巻96~97ページ
(3)『横顔に満ちた人ー椎名麟三』:全集第2巻96~97ページ

そのほかに、

(1)創造のモメント:全集第2巻98ページ必要に応じて参照します。
(2)全集第7巻に、「椎名麟三小論」といふエッセイがあります。これは1957年11月10日付のエッセイです。「横顔に満ちた人」の他に、合はせて読んでをくと、一層椎名麟三を安部公房がどう理解したかがわかるので、良いのではないかと思ひます。

ご興味のある方は、もぐら通信社宛、下記のメールアドレスまでご連絡下さい。:s.karma@gmail.com


2017年6月9日金曜日

もぐら通信第61号(第二版)をお届けします


もぐら通信第61号(第二版)をお届けします。


訂正箇所は、『アスペルガーとしての安部公房~アスペルガーを媒介項にして安部公房を読む~(2):ヴィトゲンシュタインと安部公房』の43ページと44ページに跨る重複を削除し、またその他小さな誤植を訂正し、併せて此れも言葉の不足を少量づつ補いました。


岩田英哉

もぐら通信

2017年6月8日木曜日

もぐら通信第61号をお届けします



もぐら通信第61号をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 もぐら通信目次総覧…page 10
3 安部公房の小説論総覧:安部公房全集より…page 11
4 荒巻義雄第一詩集『骸骨半島』を読む(2):老人と飛行士:岩田英哉…page 15
   0。SF文学とは何か
   1。老人と飛行士
5 アスペルガーとしての安部公房:アスペルガーを媒介項にして安部公房を読む(2):最終回:ヴィトゲンシュタインと安部公房:岩田英哉…page 42
6 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(6)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 65
7 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 69
8 編集後記…page 71
9 次号予告…page 71


今月号もあなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉
もぐら通信

2017年6月2日金曜日

安部公房の小説論総覧:安部公房全集より

安部公房の小説論総覧:安部公房全集より

ある契機あり、我がMacintoshの中に置いてをいてももつたいないので、広く世に伝へて、読者の安部公房論に資することもあらうかと思ひ、ここに安部公房の小説観について安部公房が発言してゐる全集の当該ページをファイルより取り出して以下にまとめましたので、ご覧下さい。

あなたが安部公房論を書く際に、あなたの筆が小説論に及ぶ場合には、これらの作品を其の論拠として下さい。論ができましたら、もぐら通信へお寄せ下さると有難い。4つには便宜上分けてありますが、お互ひに相互参照的(referencial)であることはいふまでもありません。

I 物語は、時間の空間化であるといふ安部公房の小説観
時間の空間化、即ち函数化といふ小説観はこのまま安部公房の演劇観であり、これを演技論に問題下降したものが、安部公房スタジオの演技論の中核概念「ニュートラル」である。

1。『歴史を棄てるべき時』:全集第25巻、392ページ:
武満徹との対談にこのことが出てくる。それから、プロットの強固さについて:ポーから学んだことが。
2。安部公房氏(散文精神):全集第28巻、298ページ
3。『賭け』という小説がある:全集第11巻、305ページ
4。『作品が命じる』:全集第19巻、21ページ
5。『作品の側に主導権(私の小説作法)』:全集第19巻、21ページ
6。『抽象的小説の問題』:全集第7巻、154ページ
7。『何を書きたいか』:全集第4巻、348ページ
8。『なぜ書くか』:全集第28巻、69ページ
9。『生の言葉』:全集第1巻、481ページ
10。物語とは:第23巻、111ページ
11。わが作品を語る:第30巻、174ページ
12。わが小説(「第四間氷期」):第15巻、436ページ
13。わが文学の揺籃期:第23巻、24ページ
やはり1970年には、前期20年を振り返ったということを、この題名は意味している。
14。わたしの小説観:第4巻、282ページ
15。わたしの小説作法:第19巻、21ページ
16。わたしの文章:乳5巻、343ページ
17。周辺飛行1:物語とは(全集第25巻、111ページ)
物語とは、因果律によって世界を梱包してみせる思考のゲームである。現在というこの瞬間を、過去の結果と考え、未来の原因とみなすことで、その重みを歴史の中に分散し、かろうじて現在に耐え、切り抜けていくための生活技術としての物語。」
18。私の文学観 演劇観:全集第23巻、350ページ
19。『僕の小説の方法論』:全集第3巻、177ページ
20。全集第23巻、109ページ:夢化作用ー第13回女流新人賞選評
ここに積算の文学についての自分の創作方法のわかりやすい説明がある。これを活用すること。
21。『散文精神』:全集28巻、298ページ
22。『小説の書き方』:全集第4巻、492
23。『小説の好悪像と書き方(二)』:全集第4巻、492ページ
24。『小説の秘密』:全集第27巻、54ページ
25。『小説は考えて』:全集第25巻、537ページ
26。『小説は無限の情報を盛る器』:全集第28巻、49ページ
27。『小説を生む発想』:全集第23巻、337ページ
28。『ストーリー主義の克服』:全集20巻、136ページ
29。『ストーリーという罠』:全集第8巻、141ページ
30。『「砂の女」と小説作法』:全集第19巻、207ページ
31。『創造のプロセスを語る』:全集27巻、29ページ
32。『創造のモメント』:全集第2巻、98ページ
33。『誰のために小説を書くか』:全集第2巻、375ページ

34。『僕の小説の方法論』:全集第3巻、177ページ


II 仮説設定の文学とSF文学論:自分の仮説設定の文学の淵源をポーに求めてゐる
1。私の文学を語る:全集第22巻、42ページ上段
子供のころから文章を書くのが好きだったという発言がある。小学生のころ作り話をして先生に盗作の疑いをかけられて叱られたこと。そうして、中学二年頃に、ポーに熱中したことが発言されている。
このインタビューは、この前後も非常に重要な安部公房の発言を含んでいる。

2。私の創作ノート:全集20巻、162ページ
3。『仮説の文学』:全集第15巻、237ページ
4。『仮説・冬眠型結晶模様』:全集第7巻、77ページ
5。『空想科学小説について』:全集第15巻、237ページ
6。『空想科学小説の型』:全集第8巻、252ページ
7。『空想的リアリズム』:全集第7巻、50ページ
8。『ぼくのSF観』:全集17巻、288ページ

III 小説の構造と言語の構造
安部公房が考へてゐたのは、言語構造と作品構造の一致である。作品構造がそのまま言語構造である小説を書かうとした。以下、これに関する当該箇所を。

1。<安部公房氏語る>::第29巻、194ページ
『長編書き下ろし(仮題「飛ぶ男」)やってて、ひどい病気して。で、入院してる間に、ちょっと焦ったんじゃないか。あんまり長いこと書いていないこともあるし。それで向こう側から、あるものが見えてきたんだよ。』
2。安部公房さんに聞く:全集第29巻、228ページ:
『カンガルー・ノート』は、「全体がびっくり箱みたいに」「フランス料理から日本の懐石まで全部入っているような」
3。大江健三郎との対談:「構造が全部ぬけたテントの梁みたいな小説」(全集第29巻、74ページ上段)

IV 安部公房の言語論
『安部公房文学の毒について~安部公房の読者のための解毒剤~』の一章「4。言語論といふ毒(問題下降の毒)」の最後に、安部公房の言語論をまとめて引用しましたので、ご覧下さい。

安部公房の言語論に関する発言はこれ以外にも全集のあちこちに多くありますが、ここでは小説論との関係で僅かに上記の参照に留めます。安部公房の言語論に関する作品の総覧はまた別途掲示します。


2017年5月30日火曜日

もぐら通信第60号(第四版)をお届けします:[全集未収録資料]2つ掲載


もぐら通信第60号をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3

2[全集未収録資料]:『EEを使って わが町ー調布』(1963年7月):安部公房…page 6
3[全集未収録資料]:書評「強烈な現実愛が生む混沌 ヘンリー・ミラー著『ネクサス』(1965年2月26日):安部公房…page 7

4 荒巻義雄詩集『骸骨半島』を読む(1):世界接触部品:岩田英哉…page 8
  https://shibunraku.blogspot.jp/2017/05/blog-post.html

5 「安部公房猫殺人事件論」余滴:安部公房はオルフォイスを殺したか?:最終回:岩田英哉…page 24 
6 『安部公房文学世界地図』(version 2.0)の掲示とダウンロードのURL…page 30
7 アスペルガーとしての安部公房:アスペルガーを媒介項にして安部公房を読む(1):ルイス・キャロルと安部公房:岩田英哉…page 31
8 私の本棚:高木佳奈考『南北アメリカ大陸をつなぐ翻訳者たちの絆』…page 39
9 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(5)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 47
10 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 54
11 編集後記…page 56
12 次号予告…page 56


今月号もあなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉

もぐら通信

2017年5月25日木曜日

『安部公房文学世界地図』(version 2.0)の掲示とダウンロードのURL

『安部公房文学世界地図』(version 2.0)の掲示とダウンロードのURL

前号、もぐら通信第59号にてお届けした『安部公房文学世界地図』の改訂版(version 2.0)をお届けします。

ロブ=グリエの作品としてあらたに『幻想都市のトポロジー』を追記し、また20世紀のフランスのバロック作家、パスカル・キニャールの名前が間違つてゐましたので、これをただしました。これで、安部公房の世界文学史上の位置は、一層明確になりました。ダウンロードは:

https://ja.scribd.com/document/349163377/安部公房文学世界地図-v2




2017年5月18日木曜日

安部公房短編小説『パニック』の舞台化再演!

THEATRE MOMENTS1年半ぶりの日本での公演!第4回せんがわ劇場演劇コンクールでグランプリ受賞した安部公房短編小説『パニック』の舞台化再演!5月1日チケット販売開始。公演詳細は:






2017年5月16日火曜日

もぐら通信第59号(第四版)

安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(4)』の下記の箇所の文言を改訂しました。




1。P28:第三段落
「廊下」を「らうか」に。

2。P38:第2段落
「2500年前も前の」を「2500年も前の」に。

3。P43:項番6:4行目


「「」を削除する。



https://ja.scribd.com/document/349149525/第59号-第四版


*****

「もう秋か。――それにしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか、俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか、――季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。」(『別れ』アルチュウル・ランボオ(小林秀雄訳))

もぐら通信第59号(7月号)をお届けします。

    
               目次
0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 何故安部公房は『スプーン曲げの少年』を書かうとしたのか?…page 12
3 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(4):最終回
  VII 「転身」といふ語は、詩文散文統合後に、どのやうに変形したか(「③散文の世界での問題下降」後の小説)…page 24
4 私の本棚:岡和田晃著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷ーSF・幻想文学・ゲーム論集』を読む…page 46 
5 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(4)~安部公房をより深く理解するために~…page 59
6 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 65
7 編集後記…page 67
8 次号予告…page 67

・本誌の主な献呈送付先…page68
・本誌の収蔵機関…page68
・編集方針…page 68
・前号の訂正箇所…page68


純粋空間であるあなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉



もぐら通信

2017年5月15日月曜日

もぐら通信第59号(7月号)をお届けします



「もう秋か。――それにしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか、俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか、――季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。」(『別れ』アルチュウル・ランボオ(小林秀雄訳))

もぐら通信第59号(7月号)をお届けします。

    
               目次
0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 何故安部公房は『スプーン曲げの少年』を書かうとしたのか?…page 12
3 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(4):最終回
  VII 「転身」といふ語は、詩文散文統合後に、どのやうに変形したか(「③散文の世界で 
   の問題下降」後の小説)…page 24
4 私の本棚:岡和田晃著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷ーSF・幻想文学・ゲーム論集』を読む…page 46 
5 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(4)~安部公房をより深く理解するために~…page 59
6 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 65
7 編集後記…page 67
8 次号予告…page 67

・本誌の主な献呈送付先…page68
・本誌の収蔵機関…page68
・編集方針…page 68
・前号の訂正箇所…page68


純粋空間であるあなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉

もぐら通信

2017年4月28日金曜日

もぐら通信第58号(第四版)(6月号)をお届けします

もぐら通信第58号(第四版)(6月号)をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 何故安部公房の猫はいつも殺されるのか?:岩田英哉…page 6
   I 小説の中で何故安部公房の猫はいつも殺されるのか?
    1。第一の猫殺人事件:処女作『(霊媒の話より)題未定』の猫
    2。第二の猫殺人事件:『他人の顔』(講談社版)の猫
    3。第三の猫殺人事件:『燃えつきた地図』の猫
    4。第四の猫殺人事件:『方舟さくら丸』の猫
   II 1957年(昭和32年)32歳の時に東欧旅行中の安部公房が真知夫人に
     当てた葉書の文面から解ること
   III 『キンドル氏とねこ』:第五の猫殺人事件
   IV 安部公房の小説観と世界認識  
   V 何故安部公房の主人公は複数存在するのか?
   VI 安部公房はリルケの天使を殺したのか?
3 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(3)…page 32
   IV 「転身」といふ語のある小説を読む(「②詩と散文統合の為の問題下降」期
      の小説)
   V 「転身」といふ語のある詩を読む(「②詩と散文統合の為の問題下降」期の
     詩)
   VI 『デンドロカカリヤA』(「②及び③の問題下降期の中間期の小説)
4 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(3)~安部公房をより深く理
  解するために~:岩田英哉…page 55
5 私の本棚:SF映画『インターステラ』を読む:岩田英哉…page 58
6 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 60
7 編集後記…page 62
8 次号予告…page 62

純粋空間であるあなたの巣穴で今月も、安部公房とのひと時をお過ごし下さい。


岩田英哉
もぐら通信

2017年4月26日水曜日

日本映画専門チャンネルの「訪問インタヴュー」で、安部公房が

日本映画専門チャンネルの「訪問インタヴュー」で、安部公房が






「1985年・TV・カラー    
出演:安部公房  
作家・安部公房は昭和59年11月、7年ぶりに書き下ろし作品を発表した。「方舟さくら丸」という小説で、核時代における人間、人類の生存のあり方を豊かなイメージと寓意(ぐうい)性の中で考えたもの。核兵器と国家を考える「核時代の方舟幻想」、旧満州時代を語る「わが青春原風景」、作品について語る「前衛であり続けること」などの内容で話をきく。」


そのほかの、インタヴュイーは、次の方々です。




2017年4月16日日曜日

もぐら通信第57号(第三版)をお届けします

もぐら通信第57号(第三版)をお届けします。


訂正箇所:
第57号
安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(2)

P32
訂正前:
「僕の中の「僕」」と言葉存在の関係

訂正後:

「僕の中の「僕」」と言葉存在の関係

2017年4月15日土曜日

もぐら通信第57号(5月号)をお届けします

もぐら通信第57号(5月号)をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 『さまざまな父』の朝食は何故ドーナツと鶏の燻製とブラックコーヒーなのか?:編集部…page 6
3 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(2):岩田英哉…page 9
4 処女作『(霊媒の話より)題未定』と最後の小説『カンガルー・ノート』の結末継承と作品継承について:岩田英哉…page 45
5 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(2)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 54
6 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 59
7 編集後記…page 61
8 次号予告…page 61


純粋空間であるあなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉
もぐら通信


2017年4月4日火曜日

もぐら通信第56号(第五版)をお届けします


もぐら通信第56号(第5版)をお届けします。この改版が最後です。下記の一箇所を訂正しました。


      記


もぐら通信第56号(第五版)の訂正

『安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(1)~安部公房をより深く理解するために~』:
P39:
訂正前:
「二つの『デンドロカカリヤ』に実際の詩集の名前として2度出て来る以上」

訂正後:


「二つの『デンドロカカリヤ』に実際に2度の同じ詩行の引用がある以上」

2017年4月3日月曜日

第56号(第二版)をお届けします


安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について』の第1章「I 安部公房の自筆年譜と『形象詩集』の関係について」下記の訂正を加へましたので、お知らせし、ここに第56号(第二版)をお届けします。そのほかの修正はありません。


          記

P35:最後の段落
訂正前
「人間如何に転身するかの記録」
訂正後
「人間如何に転身するかの記録」

P36;下から二つ目の段落
訂正前
「人間如何に転身するかの記録」
訂正後
「人間如何に転身するかの記録」

P37:上から3段落目
引用に関する全集のページを明示した:
訂正前
「(此処に空白がある。(略)/ある日…………。)」
訂正後
「(此処に空白がある。(略)/ある日…………。)」(全集第1巻、558ページ下段)

P39:下から3段落目
訂正前
『ドゥイーノの悲歌』は、(略)実際の詩集の名前として出て来る以上(略)
訂正後
『ドゥイーノの悲歌』は、(略)実際の詩集の名前として2度出て来る以上(略)

P40:第1段落と第2段落の間
読者の理解の促進のために、次の文言を挿入した:

『詩と詩人(意識と無意識)』や『名もなき夜のために』や『中埜肇宛書簡第2信』と同様に、『オルフォイスへのソネット』でも第一部と第二部の間に余白と沈黙があり、ここで存在と化したオルフォイスは第二部で蘇生し、透明な何者かになつて転身を止むことなく続ける。十代の安部公房のリルケ理解の誠に深いこと。しかし、順序は逆であり、リルケがあつて安部公房がある。

P43:「リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(1)の副題
訂正前
~安部公房のをより深く理解するために~
訂正後

~安部公房より深く理解するために~

2017年4月2日日曜日

もぐら通信第56号(4月号)をお届けします

もぐら通信第56号(4月号)をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 「奉天の窓」の前で新聞を読むリルケ…page 17
3 「ソドムの死」:柴田望…page 18
4 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(1):岩田英哉…page 23
5 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(1)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 43
6 N氏との往復書簡2:二十一世紀の三島由紀夫・安部公房論…page 52
7 連載物次回以降予定一覧…page 57
8 編集後記…page 59
9 次号予告…page 59


今月もまた、あなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

もぐら通信
発行人

岩田英哉

2017年3月25日土曜日

実力派俳優陣が火花!安部公房が描いた戦後に向き合う「城塞」

実力派俳優陣が火花!安部公房が描いた戦後に向き合う「城塞」



この戯曲の舞台稽古の様子を伝へた記事です。

「3人の30代の演出家が昭和30年代に書かれた戯曲に取り組む「かさなる視点―日本戯曲の力―」の第2弾として、上村聡史が安部公房の「城塞」に挑む。開幕まで1か月を切った3月中旬、稽古場に足を運んだ。 

軍需産業で成り上がった“男”(山西惇)には、“拒絶症”を患う父(辻萬長)がいる。拒絶症とは、ある時から自分の中の時間を止めてしまう病。発作時だけかつてのように正気を取り戻す父に、男は妻(椿真由美)や従僕(たかお鷹)を巻き込み、終戦直後のある一日を再現してみせる。幾度も繰り返されるそんな芝居にうんざりした妻は、父を精神病院に送る計画を立てる。男は妻に代わりストリッパーの女(松岡依都美)を雇い、最後の芝居を打つが……。 」


以下のURLへ:




2017年3月22日水曜日

二十一世紀の三島由紀夫・安部公房論

二十一世紀の三島由紀夫・安部公房論

以下は、西村幸祐氏の「三島由紀夫と21世紀の日本」といふ題の講演を聴講し、安部公房との関係で幾つも思ふところがありましたので、それをまとめたものです。誠に気のあふ二人でありましたので、この講演の重要な論点を、以下書簡体の体裁をとり、二十一世紀の三島由紀夫論は、そのまま二十一世紀の安部公房論であることを、安部公房の読者にお伝へします。そして、三島由紀夫の読者にもお読みいただければ、誠にありがたい。

同氏の講演中の言葉を拝借して言へば、時代がやつと安部公房に追ひついたといふことになります。


西村さま、

昨日は、いい講演会でした。以下、私の感想です。いくつもありますが、貴君の演題に基づいて、次の3つに話を絞ります。

1。昭和時代のメディアとしての三島由紀夫
2。シャーマン(霊媒)三島由紀夫
3。21世紀の三島由紀夫論


1。昭和時代のメディアとしての三島由紀夫
昭和時代のメディアとしての三島由紀夫ということを言はれて直ぐにおもひ出したことは、自ら古典主義の時代と『私の遍歴時代』で名付けた時期に愛読したトーマス・マンの20歳前後の手紙と後年のエッセイの中の言葉です。

前者に、マンは小説家として身を立てる以上、自分は時代のdas symbolische Sein(象徴的な存在)になりたいと書いてをります。これを後年、後者にては、私の文学的な使命、藝術家としての使命は、十九世紀といふ時代の幕を引くこと、幕を閉じること、これが私の使命であると書いてゐます。マンの意識した時代は十九世紀でした。さて、即ち、

貴君の提示した此の「昭和時代のメディアとしての三島由紀夫」といふ新しい視点を、この三島由紀夫の愛読したマンの文学的使命と併せて考へますと、昭和時代のメディアとしての三島由紀夫とは、あるいは昭和といふ時代を観るためのメディアとしての三島由紀夫とは、マン流にいへば時代の象徴としての三島由紀夫、das symbolische Seinといふことになりませう。

三島由紀夫の意味するSeinとは、『太陽と鉄」』に文字にして書いてゐる通り、言葉の腐食作用を排したあの純粋な肉体そのもののことでありますから、あの市ヶ谷の癩王のテラスでの切腹は、全く昭和時代を象徴する存在に三島由紀夫が成つたことを意味してをります。昭和時代の幕をみづから引いたといふことになります。

他方、貴君はジャーナリストでもありますから、この職業的な視点から見れば、貴君のいふ通りに、三島由紀夫は象徴的なSeinである以上、同時に常に「今ここにかうやつて」Daseinしてをります。何故ならば、そして、ドイツ語の語構成からいつても、SeinがなければDa-Seinもないからです。

さて、以上がマンからみた、昭和時代と三島由紀夫の存在と現存在の話です。しかし、私が伝へたいのは更に先にあります。

2。シャーマン三島由紀夫
しかし、その前に、昭和といふ時代を観るためのメディアとしての三島由紀夫に話を戻しますと、この三島由紀夫についての象徴的存在論及び現存在論は、そのまま、貴君が言及してゐた「英霊の声」の川崎君が霊媒であるやうに、霊媒三島由紀夫論になるのです。

これについては、詳細に三島由紀夫の十代の詩を読み解き、また小説に同じ此の古代感覚(三島由紀夫の短文のエッセイ「夢野之鹿」を憶ひ出して下さい、この古代感覚)が20歳以降もあり、これが三島由紀夫の小説の様式に如何に深く関係してゐるかといふことを論じてありますので、次のURLをご覧くださるとありがたい。『三島由紀夫の十代の詩を読み解く26:イカロス感覚6:呪文と秘儀』


即ち、貴君の昭和時代のメディアとしての三島由紀夫論は、霊媒としての、シャーマンとしての三島由紀夫論に直結してゐるといふ事がいひたいのです。これは、実は安部公房の側から見ても、同じなのです。二人が何故あんなに気が合ひ仲がよかつたか。私の21世紀の安部公房論の主要な柱の一つは、安部公房シャーマン論あるいはシャーマン安部公房論なのです。即ち、欧米白人種キリスト教徒の一神教に淵源する、そして此の一神教から逃れまた否定をして近代ヨーロッパ文明の生み出した民主主義と資本主義と共産主義(マルクス主義)ではない(これらは皆いふまでもなくglobalismです)、宗教の世界でいふならば、多神教の世界であり、哲学の領域でいふならば、汎神論的存在論です。

さて、このことについての筆は、惜しいけれども、ここで一度留めることにして、上で述べた更に先の話をします。これが、私の伝へたいことです。

3。二十一世紀の三島由紀夫論
上のやうに1、2と考へてきますと、貴君に私が期待する二十一世紀の三島由紀夫論は、次のやうなものになります。

2017年1月20日にヨーロッパ資本主義の鬼子であるアメリカ合衆国の大統領にトランプといふ人間が就任した以降の此の時代に於いて、

(1)シャーマン三島由紀夫を論ずること。即ち、大東亜戦争を戦つた日本民族、日本人の生きた戦前戦後の終始一貫した昭和時代の象徴的な存在としてある三島由紀夫を、ヨーロッパ文明の衰退または崩壊の中で論ずること。(私はシャーマン安部公房論でこれ既に論じて参りましたし、これからも論ずるつもりです。)そして、
(2)白人種キリスト教徒の植民地主義の上での三島由紀夫論ではなく、それを超えて、多神教の世界の、即ち普遍的な八百万の神々の世界の問題として、象徴的存在であり今も生きてゐる現存在としての三島由紀夫を論ずること。(この象徴的存在と現存在の関係は、三島由紀夫が安部公房と共有してゐる幾つもある接点の重要なものの一つです。その関係はいづれもreversalになつてゐますが。これについては、岡山典弘氏の著作に触発されて書いた次の文章をご覧ください。「三島由紀夫が安部公房と共有した19の主題、又は『安部公房外伝』」https://abekobosplace.blogspot.jp/2014/11/blog-post_80.html

上の(1)及び(2)の三島由紀夫の文字を安部公房といふ文字に入れ替へれば、そのまま二十一世紀の安部公房論の論旨になります。

また、白人種キリスト教徒のアジアやアフリカ大陸に於ける此の収奪と大虐殺の500年である植民地主義に基づかない新しい世紀の文学について、安部公房がどのやうに何を考へてゐたのかの言葉を引いて(先月号のもぐら通信第55号、13ページ)、次のやうに伝へたい。:

「「この前もテレビで大航海時代なんでロマンチックな特集番組をやっていたけど、要するにあれは略奪農耕なみの乱暴な植民地収奪じゃないか。血も凍るほどの第一期の植民地時代、皆殺し政策だからね、やるほうはテレビゲームはだしの面白さだろうけど、やられる側はロマンチックどころの話じゃないよ。」(『錨なき方舟の時代』全集第27巻、159ページ上段)

「けっきょく世界は植民地支配国と、被支配国の二つに分けられる。(略)ところがなぜか日本は植民地化されなかった。地政学的には当然侵略の対象になってしかるべきアジアの一角にありながら、なぜか支配をまぬかれた。偶然か必然かはさておいて、おそらくアジアでは唯一の植民地化されなかった国だろう。だからもし日本の特殊性を言うなら、文化だとか風土だとか伝統なんかではなく、きわどいところで植民地化をまぬかれたという点……[註A]
―――要するに偶然の結果だということですか。
安部 必然が意識された偶然だとすれば、やはり偶然と言ってもいいでしょう。要するにどこの国でも、植民地化の運命さえまぬかれていたら、日本と同じようなコースをたどれたかもしれないということが言いたかった。この問題に対する日本人の鈍感さはまさに西洋人なみだ。だから日本のテレビがポルトガルの大航海時代を祝う式典を中継して、ひどくロマンチックな解説をつけて、西と東の文化の交流の記念だとかなんとか一緒になって手をたたいてみせたりする。文化の交流どころか、一つ間違ったら植民地化の先兵になりかねない連中だったんだ。裸の子供のところにライオンが入ってくるようなものさ。
 そして運よく食用にならずにすんだ日本という子供は、遅ればせながらローロッパ式の近代化をとげ、遅ればせながら植民地支配の仲間入りをしてしまう。ところが先輩たちにさんざんうまい汁を吸われてしまった後だったから、戦火による略奪というひどく不器用な手段にたよるしかなかった。
 いわゆる発展途上国に見るべき文学がないのも、けっきょくは植民地収奪の結果だと思う。発展途上国にも文学があり、その民族のためのすぐれた文学が生まれていると主張する人もいるけど、ぼくはそう思わない。すくなくとも世界文学、あるいは現代文学という基準では、文学と言うにたる文学はない。
 逆説的に言えば、だから現代文学は駄目なんだとも言える。西欧的な方法をよりどころにしているから駄目なのではなく、植民地主義の土台にきずかれたものだから駄目なんだ。反植民地主義的な思想にもとづく作品でさえ、植民地経済を基礎にしていた国からしか生まれ得ない。メフィストフェレスなしにファウストがありえないようなものさ。(『錨なき方舟の時代』全集第27巻、159ページ下段~160ページ上段)(傍線筆者)

[註A]
アジアの中で、欧米白人種(キリスト教徒)諸国の植民地化による収奪を免れて、国家としての独立を維持したのは、我が日本国の他には、タイ王国だけです。アフリカ大陸についてはいふまでもありません。」


このやうな二十一世紀の三島由紀夫論の中で詳細に論じられるべきは、貴君が文章を読み上げて其の素晴らしさ美しさを褒めて紹介してくれた、鏡子の家でありませう。日本人は此の小説を理解する事が当時はできなかつた。今ならば、できるかも知れない。

鏡子の家の最初の一行と最後の一行は、正確に照応してゐる。何によつて?繰り返しの呪文によつて。最初は人間の欠伸といふ繰り返しの呪文、最後は7匹の犬の咆哮といふ繰り返しの呪文によつて。後者の犬を、安部公房ならば、人間のうちに秘められた生命そのものである、人間による統御は不可能であるが故に現実を食い破る「獣」と呼んだことでありませう。特に顕著に、十代から二十代にかけての詩と小説に、この荒ぶる神のやうな獣たちが歌はれ、書かれてゐます。

貴君の講演中の言葉を其のまま引用して言へば、時代がやつと三島由紀夫に追ひついたのです。

さうすると、この事は何を意味してゐるかといへば、実は二十世紀の日本の読者達は、鏡子の家』が理解できなかつたのであれば、これ以外の三島由紀夫の小説も、実は、本当には理解できてゐなかつたといふことを意味してゐるのではないでせうか。『金閣寺』の後に発表した此の作品の評価が最低であり、前者は最高であるといふ事が、当時の作品評価の此の大きな落差が、実は、そのことを意味してゐるのではありませんか?前者は俗耳俗心に入り易く、後者を読む事は当時の日本人には苦痛であつた。

まだまだ、他にも何故日本人の文章の読解能力が劣化したかについて、何故SNSの時代に益々日本人は公私の識別が出来なくなつたのかについても、また其の他色々の事についても思ふところあり。また次の機会にお話したい。

活躍を祈ります。

岩田


2017年3月17日金曜日

新国立劇場の舞台・安部公房作「城塞」が4月13日から上演される。

新国立劇場の舞台・安部公房作「城塞」が4月13日から上演される。


 
新国立劇場では「かさなる視点―日本戯曲の力―」として昭和30年代の日本の名作戯曲を30代の気鋭の演出家たちに託す3ヶ月連続のシリーズを上演してゐる。
 
「かさなる視点―日本戯曲の力―」
第一弾
「白蟻の巣」
作:三島由紀夫
演出:谷賢一
第二弾
「城塞」
作:安部公房
演出:上村聡史
第三弾
「マリアの首」
作:田中千禾夫
演出:小川絵梨子

既に三島由紀夫の「白蟻の巣」は終り、第二弾は安部公房の「城塞」。

上記のウエッブページによれば:

「戦時下のとある家庭で繰り返される、父子による奇妙な”ごっこ”を描き、戦争によって富を築いたブルジョア階級の責任を問う痛烈な視点が際立つ傑作を、文学座の気鋭の演出家・上村聡史が演出する。

この舞台「城塞」の稽古初日に行われた顔合わせの模様が動画で公開された。【動画1分】」

とのこと。


「公演情報
 舞台「城塞」
 作:安部公房
 演出:上村聡史
 出演:山西 惇 椿 真由美 松岡依都美 たかお鷹 辻 萬長(※「辻」は一点しん
 にょう)
上演期間:2017年4月13日(木)~30日(日)
チケット購入:

この戯曲は、安部公房全集第16巻、313ページにあります。1962年9月1日付の発表。同巻396ページに、「労演の委嘱に応えてー「城塞」」と題した、作者安部公房の言葉があります。安部公房らしいいつもの論理展開で、この戯曲について語つてゐます。