安部公房の子供向けラジオドラマ
安部公房は、次のような子供向けのラジオドラマを書いています。
1 キッチュ クッチュ ケッチュ 1957.6.3-21 (全集7)
2 おばあさんは魔法使い 1958.1.2 (全集8)
3 豚とこうもり傘とお化け 1958.12.31 (全集9)
4 ひげの生えたパイプ 1959.5.11-9.4 (全集10)
5 くぶりろんごすてなむい 1960.1.1 (全集11)
6 お化けの島 1960.12.25 (全集12)
7 時間しゅうぜんします 1962.1.2 (全集15)
これを見ますと、共産党員であった10年間の時代の後半の5年間に集中しているという特徴のあることがわかります。これには、やはり何か理由のあることでしょう。これは、追々考えて参りたいと思います。
安部公房全集第30巻の「放送目録」をみますと、最初のラジオドラマは、1954年3月の「人間を喰う神様」です。ということは、どうも、安部公房は1950年代の大体中頃からラジオドラマを書き始めたということになります。
この「放送目録」を打ち眺めますと、安部公房のラジオドラマは、次のようになっていることがわかります。
(1)新たにラジオドラマとして創作した作品
(2)自分の小説をもとに、それをラジオドラマにした作品
この2種類のラジオドラマがあります。
子供向けのラジオドラマは、前者になります。
安部公房は、子供向けラジオドラマをどのように考えていたのでしょうか。それのわかる言葉が、「放送目録」に次のように作者自身の言葉として言われています(全集第30巻、667ー668ページ)。これは、最初の子供向けラジオドラマ『キッチュ クッチュ ケッチュ』について語ったものです。
「大人の見た子どもの夢ではなくて、りくつぬきに楽しんでいただけるような、楽しい童話の国にお連れしたいとハリキっています。」
また、
「ブン子ちゃんは、学校でならったことをさっそく応用していみせるので、ドロボウさがしはこんがらがるばかり、世の中の仕組みを知らないからなんです。人間が成長していくのに、こうして世の中の仕組みを知っていくのは大切なことです。」
これらの言葉から、安部公房は、子供向けのラジオドラマを、童話だと考えていた事、またこの童話を通じて、読者である子供達に世の中の仕組みを知ってもらいたいと思っていたことがわかります。
安部公房は、童話という子供向けのお話について、ドナルド•キーン先生との対談『反劇的人間』の中で、後年、次の様な考えを述べています(全集第24巻、256ページ上段)。1973年、安部公房49歳。
「(略)ぼくがリヤ王だのオイディプースだのと言ったのは、忠兵衛(筆者註:近松門左衛門の『冥土の飛脚』の主人公)でもいいんだけれど、要するに平均値を尊重するというモラルと、同時に平均をはずれたものを造りだして、平均をはずれたものの悲劇を描くということによって、いまのみんなの置かれている平均的状況というものに、想像力のなかで窓を開けてやる、というか、抜け道をつくってやるということですね。
これは高級な小説、文学だけじゃなく、お伽ばなしとか童話とか伝説とか、すべてにそういう要素があると思うのです。お伽ばなしとか伝説とかそういうものを含めて―これは必ずしも悲劇とは限らない。「桃太郎」でもいい―そういう日常生活の外に、あるプロットを設定することで、平均値を意識しないでいる場合はいいが、平均値を意識したとたんに、非常にそこには苦悩が、つまり恐ろしさみたいなものが生まれますね。それに窓を開けてやるという作用です。」
安部公房がここで使っている窓という言葉にいかなる意味を籠めて言っているのか、その深い意味は、既に『もぐら感覚5:窓』で論じましたので、もぐら通信第23号にてお読み下さるとありがたく思います。:http://goo.gl/6YoXiX
ここで言っていることは、平均値を大きく逸脱して、極端な話を造り、その平均値の生活から脱出する道を創造するということ、その脱出口が、窓であるという考えです。
窓という言葉については、既に安部公房は10代の『無名詩集』の時代から、この言葉を概念化し、その詩の中にも使って参りましたので、よく知っての言葉であり、従い、『キッチュ クッチュ ケッチュ』を書いた、この1957年、安部公房33歳のときにも、よく知った上で、この言葉を使っていることを覚えておくことにしましょう。
これが、子供向けの、安部公房のラジオドラマの考え方なのです。安部公房という作家が童話を書こうと思ったら、ラジオドラマになったというところが特殊、特徴のあることだということになります。それが何故なのかは、ひとつひとつの作品を読み解くことで、判るのではないかと思います。
そうして、子供達に世の中の仕組みを教えるとともに、そこからの脱出口である窓の所在を教えるということ。そのような童話になるのでしょう。
(続く)
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