中田耕治さん若き安部公房を語る9:武井武雄の『おもちゃ箱』
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「 【27】
武井武雄の「おもちゃ箱」は、おもちゃの国の物語で、まず人形の家と、そこに住んでいる人形たちの紹介からはじまる。
靴屋の「フョドル」、人形病院の院長先生、「ドクトル・プッペ」。綺麗な「お姫さま」。「ヱカキサン」。「ヘイタイサン」。「アヲイメノ・ジュリエット」。「センセイ」。「オマワリサン」。「デンシャノ・シャショウ」。「ヴァイオリン ヒキ」。「カンゴフサン」。「スヰヘイ」。「オネエサマ」。「ユウビンクバリ」。「バシャヤ」。「カミクズノ・カミサマ」。「ニハトリ・コゾウ」。
それぞれ個性ゆたかなキャラクターばかり。
(略)
なぜ、こんなことを書いておくのか。小さな理由がある。
安部君は、「近代文学」の同人たちのなかでは埴谷さんといちばん親しかったが、ある日、二人はちいさなイタズラをして遊んでいた。
「戦後」に登場した作家、評論家たちを、動物にたとえて、ふたりで大笑いした。私は、あとからこのイタズラに加わったが、そのとき、安部君が、「ヘイタイサン」。「センセイ」。「デンシャノ・シャショウ」。「ヴァイオリン ヒキ」。「スヰヘイ」。「オネエサマ」。「ユウビンクバリ」。「バシャヤ」といった分類をしたので、私は、安部君の頭に、武井武雄の「おもちゃ箱」があることに気がついた。
このときの、分類では、野間宏は、「ヘイタイサン」だった。フィリピン戦線から復員してきた野間宏は、いつも頑丈な軍靴をはいて、「近代文学」に姿を見せたからだろう。
私は「ネズミ」だった。私が「近代文学」のなかでいちばん小柄だったせいだが、「ワラノヘイタイ」と「ナマリノヘイタイ」が何かにつけて競争しているところに、不意に姿をあらわす「ネズミ」に似ていたからだろう。
(略)
私が、こんなことを書いておくのは、それなりの理由がある。
またまた断っておくが――武井武雄のマンガのキャラクターを、「近代文学」やその近辺の文学者に擬して笑う、ひどく隠微なイタズラを楽しんでいたからといって、安部君や私の内面に、やりどのない屈折があったというわけではない。
私たちはお互いにふざけあっては笑っていたのだった。」
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