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2014年9月6日土曜日

椎名麟三の短編集を読む


椎名麟三の短編集を読んだ。

実にどれも面白い。少しも古くない。安部公房が椎名麟三という人間を好いた理由もわかるように思う。[註]

そうして、この共産党員であったことのある椎名麟三の小説を読んで思う事は、大東亜戦争の経験から、結局戦後の共産主義者を始めとする左翼は、戦前と同じ間違いを犯したということである。

それは、命令に絶対的に従うことが、実にその人間を陶酔させるという、この人間の弱点ともいうべき性格に盲目的であったということだ。

人間は確かに、その組織とともに、一方の極から他方の極に、振り子のように触れるものである。これは、如何ともし難い、抗い難い運動である。

大事なことは、その運動の外に居るということである。

そこが文学の世界だと、わたしは思う。それは、一言でいうと、苦しみに負けてはならないということである。苦しみの代償に他のものを求めてはならないということである。

それは、純粋に遊びの、嬉遊の、遊戯の世界である。安部公房の世界はそのような世界足り得ている。


また、その世界を知る故に、わたしは、愚かな日本国民よ、愚かな日本人よということができるのだ。勿論、わたし自身を含めてであるが。

[註]
安部公房は、インテリではない、教養のない人間に、そうして貧しい人間に愛があるということを語った後に、次のように椎名麟三について、その最晩年に語っています。

「安部 本当にそうなんだよな。日本の作家では僕は昔から椎名麟三がとても好きだったですよ。もしかして日本で作家と言えるのは椎名麟三だけだったんじゃないかなという気がするのは、その部分(筆者註:椎名麟三には愛があったということ)ですね。」(『境界を超えた世界~小説『カンガルー•ノート』をめぐって』、全集第29巻、223ページ上段)

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