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2012年9月26日水曜日

「弱者への愛」ー安部公房の愛の思想

さて「弱者への愛には、いつも殺意がこめられている―」

これは『密会』(1977/12)のエピグラフです。
安部公房自身はこの句にどんな意味と気持ちを込めたのでしょうか。

この句自体の意味についてはこう述べています。
「弱者を哀れみながらもそれを殺したいという願望。つまり弱者を排除したい、強者だけが残るということ」(*1)
強者の心の底の闇を暴き出した深いことばで、私たちをなにか惹きつける力がありますね。

この言葉はどんな思索から出てきたのでしょうか。
『密会』についての談話記事の中で次のように言っています。

「この小説で考えたのは弱者の概念なんだな」(*2)

そして展開されるのは、まさに安部公房の思想というべきものでした。
「動物の世界なら強者が生き残って、それによって進化していく」という一般的な進化論に対して
「人間の進化はその逆なんだ。この社会のなかに弱者をどこまで包含していくかが人類の進歩につながる。ぼくはこれを逆進化の法則と言っている」
と、社会的弱者救済や社会福祉の思想的根拠になるものを深くとらえています。

さらに「民主主義の概念もこの法則からにじみ出てくるようなものでないといけない」と言っているのには、民主主義を政治体制や市民的権利または基本的人権の制度ととらえる一般的な考え方に対して、より深いヒューマンな理解を求めていて考えさせられます。

こうして見ますと、冒頭のエピグラフは単に気の利いたセリフではなく「強者が弱者を淘汰する」動物的進化論が人類の社会を侵していることを暴き出し、弱者を重視した社会の構築をうながすべき警鐘であったとい言えましょう。

ここにおいて「弱者への愛」は「強者からの施し」ではなく、「人類進化の必須の原則」となされ「殺意」は出る幕がなくなるのです。

昨今の新自由主義経済政策による貧富の拡大、さらには生活保護へのバッシングなどの傾向が、いかに安部公房の先進的な思想に反しているか、明らかですね。

そして安部公房の思想はさらなる高みに進むのです。
                               (続く)

(*1) 「都市への回路」(インタビュー)1978/4 全集26
(*2) 「密会」の安部公房氏(談話記事)1977/12 全集26

〔OKADA HIROSHI〕

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