これまで見てきましたように、「弱者への愛」は実は安部公房が、私たちの「弱者=保護されるべき、弱いひと」という認識に鋭い問いかけをなし、「弱者」を包摂する社会への逆進化こそ人類進化の必須の法則なのだ、と提示するタームだったのですね。
さらに安部公房の思想は進みます。
安部公房は、弱者と社会の関わりについて
「もしか人間が進化論的な淘汰の法則に従っている状況であきらかに弱者であったものが、社会構造を持つと別の意味での機能を持って強者に十分なりうるでしょう」(*1)
と言っています。卑弥呼のような巫女もそうした機能を備えた弱者でした。
また
「自然がコントロールされ得るものになった場合(中略)自然に対する不適者こそ、自然を克服したいという願望を内的に持ち得るから、むしろ不適者生存の世界になってゆくわけだよ」(*2)
と、逆進化の原動力を弱者自身の中に認めています。そして道具の開発や抽象化する能力までも弱者にその契機を見るのですね。
これは「弱者こそ社会発展の原動力」とするとてもラディカルな考え方で、安部公房の思想のさらなる高みを示しています。
ところで安部公房は、常に楽観的には流れない人です。
「今の社会では弱者に希望はないが、その希望のなさに希望をみるよりないように思う」(*3)とも言っているのです。『密会』の最後に「ぼくは明日という過去の中で、何度も確実に死につづける。やさしい一人だけの密会を抱きしめて・・・」と「死ぬ」ではなく「死につづける」というところに愛や希望の芽を見ようとしています。安部公房の逆進化の思想が広く社会に受け入れられなければ、と痛切に思います。
また弱者と強者については、善と悪のような二元論は当然採っていません。『密会』における女秘書は「強者でありながら弱者だという感じ」で、馬人間も「弱者になっているか強者になっているか微妙」と言っていて、我々の心の内にも弱者と強者が同居していることを示唆しています。
ここにおいては「弱者とは何か」ーそれは「私たち自身であり、社会的には進化の原動力である、ような存在である」という積極的な意義を与えられ、憐れみや同情やらの上から目線の愛を必要とする存在ではなくなるのです。
「弱者への愛にはいつだって殺意がこめられている」の意味するところはここに明らかだろうと思います。
(*1)「構造主義的な思考形式」(渡辺広士によるインタビュー)1978/1全集26
(*2)「都市への回路」(インタビュー)1978/4 全集26
(*3)「密会」の安部公房氏(談話記事)1977/12 全集26
〔OKADA HIROSHI〕
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