マルテの手記13:獣
安部公房の初期の短編に、「夢の逃亡」という小説があります。
この小説に限りませんが、初期の作品に獣という言葉の出て来る作品が他にもあったと記憶しています。
獣とは、一言で言えば、生命のことです。未分化の状態の生命。それが、名前を食い破って、現実の中へと躍り出て来る。
「世間に交わらない孤独な詩人よ、世間はお前の名声によりお前に追いついてしまった。世間がお前を仇敵のように憎んだのは、どれほど前のことであったろう。その世間が今ではお前と友だちの一人のように交わっている。そして、人々はお前の言葉を無知という檻の中に入れて持ち歩き、町々のヒロアで見せものにし、檻に安心をしてお前の言葉を少し怒らせる、お前の恐ろし猛獣たちを。
僕のなかに棲む猛獣がついに絶望して躍り出て、砂漠に住む僕に飛びかかったとき、僕はお前を初めて新しい目で読んだ。お前も最後には絶望していたのであった。お前の軌道はどの地図にもまちがってしるされている。お前の軌道の暗い双曲線は亀裂のように蒼穹を横ぎり、一度だけ地上へおりて来て、恐怖にみたされて遠ざかる。(略)」
名前と獣(生命)の関係、世間のひとが貨幣のように流通させている言葉、それも詩人の言葉をも。
このリルケの考察は、そのまま「夢の逃亡」という作品に生きていて、素晴らしい作品となっています。
(この稿続く)
[岩田英哉]
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