マルテの手記15:愛の飛翔
安部公房のどの作品であったか、いやはっきりとしているのは、『飛ぶ男』の形象が、そうであるのだけれども、愛という言葉との関係で、人間が空を飛ぶという形象が、他にも、どの作品かにあったという記憶があるので、ここに、『マルテの手記』の関係する行を引用します。
「ああ、塗りつぶしたような部屋の闇。ああ、そとの闇をのぞく無表情な窓。ああ、かたく鍵をかけられた扉。(略)ああ、母よ、ああ、幼いころこの恐ろしい静けさを見えなくしてくださった一人っきりの方よ。その静けさを引き受けてくださって、「こわがらなくてもいいよ、わたしだよ」と言ってくださった母よ。(略)あなたは幼い者をおびえさせに来そうなものをはるかうしろへ追いこし、あなたのうしろには、あなたがいそいで来られた足あと、あなたのいつものはるかな道、あなたの愛が飛んで来た跡がつづいているのみである。」
(この稿続く)
[岩田英哉]
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