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2014年11月15日土曜日

巻物と安部公房



巻物と安部公房

今日ふと気付いたのであるが、日本の古典的、伝統的、歴史的な美術表現の形式である巻物という形式は、実に安部公房の作品の構造であるのではないかと思いました。

これは、忍術の世界にある巻物であり、柳生武芸帳に登場する巻物であり、従い、秘伝を伝える巻物であり、そのほかにも、勿論、源氏物語絵巻とか、一遍上人絵伝とか、鳥獣戯画図とか、それからお経も巻物であり、そう、お経であれば平家納経もあるといったように、数多くあります。

勿論、海苔巻きという巻物も、日常的にあって、これはいつも街角のコンビニエンス・ストアで売られている。これは、お米という日本人の文化の核心であり生命を養って来たものを巻物にしている。そして、もっと考えると、この海苔巻きは、お米という陸の植物を、海苔という海の植物で巻いた、水陸の巻物です。味覚や臭覚と相俟った、この組み合わせは、素晴らしいものだと、今この文章を書きながら、改めて思います。

さて、この形式は、絵ばかりではなく、そこに言葉で詞が添えられている。或いは、もしこの絵と言葉の価値を等価であると考えるのであれば、それは『箱男』の世界になるでしょう。この場合の絵は、写真ということになります。『箱男』は、絵巻物なのです。

つまり、時間の経過を絵で、それ自体時間を表すことの出来る長いもの、どこまでも永遠に続くこの一次元の時間に幾らでも理論上これを含むことができる長尺ものの平面の上に描いて、出来事を表し、表すだけではなく、それを巻いてしまって、一つにする、統合するということが、面白い。素晴らしい着想だと思います。

これを安部公房の小説との関係で考えると、ページの集合というヨーロッパ人の発明した書物、中近東のペルシャの文明の発明した書物ではなく、或いは支那人の発明した、即ち大陸人の発明した書物ではなく、開き始めたらすべてずべらっーとつながっているということが大切なことなのです。ということは、これは島国の、列島である日本人の発明だということになるのだろうか。

自分の人生や世界を一冊の書物だと考えるのか、それとも、一巻の巻物だと考えるのか。

前者は、古代ギリシャから今に至るまでヨーロッパ人の意識の中にある典型的な、本質的な譬喩(ひゆ)の一つです。とすると、日本人は、この宇宙と世界を一巻の巻物として観ているのです。

これで、人生の質(quality)は随分と変わってくるのではないだろうか。

前者は、俗に言う、狩猟民族の思考、後者は俗に言う、農耕民族の思考でしょうか。しかし、農耕は大陸にもあるわけなので、これはやはり日本人の思考と感性に独特のものと言わなければならないでしょう。

安部公房が、箱根の仕事場で、トイレット・ペーパーの芯を使ってオブジェを制作している写真があり、実際にそのオブジェの写真があります。



トイレット・ペーパーの芯とは、円筒形の巻物であって、ここに安部公房が感じている何かがあります。何故この素材を選択したかということです。

この円筒形は、安部公房の、若いときから晩年までの言語論を読むと、言語組織(言語作品)を創造するとは、現実的な諸要素を、自己を含めた全体の忘却によって一度完全に忘れ果て、その後、そこに再生する変形し時間を脱した諸要素を思い出して、それらを言語に変換して新しい、或いは安部公房の語彙を使えば贋の現実を統合的に再構成することですから、この円筒形たる安部公房の巻物は、安部公房によって統合され得られた積分値そのものの姿を表しています。

この巻物は、上の説明からもわかるように、現実的な一次元の時間、流れてゆく、後戻りしない時間を、その中に含んでおります。

安部公房は、その言語論で、この積分値の姿を円筒形になる、丸い円を平面上に書いて、それを積分すると、円筒形になるその姿として複数の箇所で語っています。

「都会―閉ざされた無限。けっして迷うことのない迷路。すべての区画に、そっくり同じ番地がふら れた、君だけの地図。
 だから君は、道を失っても、迷うことは出来ないのだ。」(『燃えつきた地図』、全集第21巻、114ページ)

今、安部公房の人生の前半の20年の傑作のうちの一つ『燃えつきた地図』のエピグラフを、こうして引用し、眺めてみると、時間という無限の一次元を含むこの円筒、この巻物も、「都会―閉ざされた無限」である以上、安部公房の考えでは、閉鎖空間であり、従い、脱出することを考えて、確かにこのようなオブジェが生まれるのだということが分かります。

このオブジェは、安部公房のすべての作品の構造であり、安部公房の認識した言語の構造なのです。

このオブジェが一体何を意味しているのかは、今月末に出るもぐら通信(第27号)の編集者通信に詳述しましたので、お読み下さると、有り難く思います。




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