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2014年11月2日日曜日

安部公房の芥川賞受賞選評



安部公房を強く推したふたりの選者、即ち川端康成と瀧井孝作の選評を転載します。

1。川端康成:川端康成全集第34巻。昭和57年12月20日発行。320ページ。新潮社。

「第二十五囘 昭和二十六年上半期          石川利光「春の草」(その他) 安部公房「壁」

「壁」を推す。

 堀田善衞氏の「齒車」か安部公房氏の「壁」を私は推薦したかつた。理由は簡単である。堀田氏や安部氏のやうな作家が出て「齒車や「壁」のやうな作品の現はれることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。
 「壁」も「齒車」も作品として缺點は多いだらう。「壁」は冗漫と思へた。また部分によつて鋭敏でない。「齒車」は注文通りの類型と思へるところがある。しかし、二つとも作者の目的も作品の傾向も明白であつて、このやうな道に出るのは新作家のそれぞれの方向であらう。
 「齒車」は最近の翻譯小説の幾つかを連想させ、比較もされて、それが賞を逸する原因の一つともなつた。作者としてはやむを得ないことのやうだが、つくりものの繩も目立つ。しかし堀田氏は発展してゆく作家だらう。
 私は堀田氏をしばらくおいて、安部氏の「壁」に投票した。
 その他の候補作品は新味が乏しいと思つた。好奇心といふ言葉を、いい意味に解して、私の好奇心を誘ふものがない。石川利光氏の「春の草」も、特に推薦するほどの作品ではなからうが、石川氏がすでに確實な作家であり、この作品にもそれが現はれてゐるといふことは、私も認めないわけにはゆかない。
 富士正晴氏の「敗走」も確實であった。安岡章太郎氏の「ガラスの靴」には特色があつた。
(昭和二十六年十月號)」



2。瀧井孝作:瀧井孝作全集第7巻。昭和54年3月25日発行。中央公論社。

「第二十五回芥川賞選評
  受賞作 石川利光「春の草」・安部公房「壁」

 架空の小説

 (略)

 安部公房氏の作は、人間の十二月号で「三つの寓話」といふうのを初めて読んで、これは短編の「赤い繭」と「洪水」と「魔法のチョーク」と三つで、随分毛色の異なつた作だと思ひました。また近代文学二月号の「壁」と、人間四月号の「バベルの塔の狸」など読んで、この人の本物である事が分かりました。これは、このやうな寓話諷刺の作品にふさはしい文体がちやんと出来ているからです。文体文章がちやんと確かりしてゐるから、どんな事が書いてあつても、読ませるので、筆に力があるのです。自分のスタイルを持つてゐる。これはよい作家だと思ひました。それから、この人の経歴は、出身地は満洲瀋陽市、昭和二十四年東大医科卒業で、この経歴から、このやうなバタ臭いやうな作品も、この人の身についたものと分かりました。尚、群像七月号の「手」と「事業」と云ふのを読みました。これは筆致が強く諷刺も逞しく、この作家はこの作家なりに成長してゐると思ひました。
 私は今回はこの二人を推したいと考へました。石川利光氏も安部公房氏も、両人共、夢と想とで小説を作つてゐる、架空小説の作家だと思はれますが、架空小説もこれだけに出来れば宜いと考へました。


(略)」

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