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2012年10月31日水曜日

ヤマザキマリのジャコモ・フォスカリを読む2




allenさんのコメントを読んで、安部公房について、更に考えることがありましたので、重ねて筆を執りたいと思います。


allenさんのコメントは、次の通りです。


「『反劇的人間』(安部公房、ドナルド・キーン共著)を読み返してビックリしました。『ジャコモ・フォスカリ』の中のジャコモと田部の発言そのものがあったからです。

(略)

ドナルド・キーンによる「あとがき」で、安部に日本酒の炭酸ソーダ割り(即席シャンパンのつもりだったらしい)を飲まされて、麻薬中毒者かどうかのテストをされたエピソードが書かれています。」


このように安部公房が後年になってまで、その人間をみて麻薬中毒患者に特有な特徴をみて、判断するというには、仮にそれが半分は遊びごころであったにせよ、やはりそれを実際に観察して知るという経験がなければなりません。


安部公房は、一体いつそのような知見を得たのでしょうか?


と、自問自答してみますと、やはり、10代に満州の奉天にいた時代ということになると思います。


安部公房は子供時代に、満州で町の中を冒険して歩いた経験を後年語っておりますので、その経験の中で麻薬中毒患者の様子を見たのかも知れません。


安部公房の小説の処女作「終りし道の標べに」は、多分日本文学史上初めての、阿片患者、麻薬患者の手記ですが、この発想をするほど、阿片患者の印象は安部公房に印象が深かったということになります。


わたしは専ら作品のテキストを読むことに意義を覚え、それだけに集中する人間で、個人の事績には、どちらかというと敢えて興味も関心も持たないようにしている人間なのですが、しかし、安部公房のことですから、もし詳細な事情をご存知の方、またその可能性を資料等でご存知の方がいらしたら、ご教示下さい。


[岩田英哉]


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